ドットのすごい人
草間彌生を知ったのは、たしか2010年頃だったと思います。
何がきっかけだったのか、誰かに教えてもらったのか。そのあたりの記憶は、どうにも曖昧です。
ただ、最初の感想はなんとなく覚えています。
「ドットのすごい作品だな」
それくらい。
特別な感動があったわけでも、作家の生き方に深く共感したわけでもありません。
それから十数年。
気づけば我が家には、草間彌生にまつわるものがいくつかあります。
圧倒される作品
草間彌生の作品を見ていると、圧倒されます。
色彩なのか、模様なのか、作品の大きさなのか。
もちろん、それらもあるのでしょうが、もっと根本的なところで、強いエネルギーを感じるのです。
魂を感じる、とでも言いましょうか。
念のため申し添えますが、スピリチュアルなお話ではありません。
以前から好きなマーク・ロスコの作品にも、似たような感覚があります。
草間彌生とロスコ。
作品の見た目はずいぶん違いますが、どちらも目の前にすると、何か大きなものに圧倒されるような気がするのです。
私は美術に詳しいわけではありませんし、作品の意味をすべて理解しているわけでもありません。
草間彌生が経験してきた苦労についても、安易に共感できるとは思いません。
ただ、自分の内側にあるものを、作品として外に吐き出す。
その発想と表現には、惹かれるものがあります。
2017年、展覧会へ
草間彌生の展覧会には、以前足を運んだことがあります。
ただ、いつだったのか、どの展覧会だったのか。
記憶が曖昧。
そこで昔の写真を探してみたところ、ありました。
2017年、国立新美術館で開催された『草間彌生 わが永遠の魂』。
当時のチケットの写真が残っていたのです。
開催期間は2017年2月22日から5月22日まで。
チケットには、当日券一般1,600円の文字。
何を見て、どの作品の前で立ち止まったのか。細かなことは、もうあまり覚えていません。
それでも、確かに足を運んでいた。
人間の記憶は頼りないものですが、写真はなかなか頼もしい。
こういうとき、撮っておいてよかったと思います。

一度手放した、かぼちゃのがま口
草間彌生といえば、水玉。
そして、かぼちゃ。
以前、草間彌生のかぼちゃのがま口ポーチを持っていました。
気に入っていたものの、なかなか使う機会がなく、結局一度手放してしまいました。
ところが、しばらく経ってから、また欲しくなったのです。
かぼちゃは草間彌生を象徴するモチーフ。
やっぱり、ひとつ持っていたい。
そう思って、2026年10月9日、草間彌生美術館のショップで買い戻しました。
レシートの品名は「かぼちゃ パース」。19,800円(税込)です。
ついでに、かぼちゃのステッカーが800円。透明のショッパーが50円。合計20,650円でした。

今度こそ使おう。
そう決めて購入したはずなのですが。
まだ袋に入っています。
美術館でつけてくれた、生成りの巾着。黒い水玉が刷ってあって、黄色いリボンがついています。
その巾着が、50円のショッパーに入ったまま。
なんとなく、もったいなくて。
使わなかったから手放したのに、使うために買い戻して、また使っていない。
我ながら、何をしているのでしょう。

見つからないパンプキンクラッチバッグ
実はこの日、もうひとつ探していたものがありました。
草間彌生のパンプキンクラッチバッグです。
「パァーッと光が出て、キラキラッていろんなものが見えてくる。」展が始まったのが10月8日。その翌日に行きました。
展示を見たあと、がま口を買ったのと同じショップで探したのですが、バッグは見当たりませんでした。
そこで、がま口の会計をしてくださったお二人に尋ねてみました。
「在庫がないのでしょうか。それとも、もう作っていないのでしょうか?」
すると、
「バッグがあるの、初めて聞きました」
とのお返事。
なんと。
存在そのものをご存じないとは。
私の記憶違いだったかしら、と少々不安になりましたが、調べてみると、過去に販売されていた記録がありました。
少なくとも、私の幻覚ではなかったようです。
取り扱いがあったのは、少なくとも2か所。
ひとつは、草間彌生のグッズを扱うラムフロム。公式サイトに「【新商品】草間彌生グッズ「かぼちゃ クラッチバッグ」のご紹介」という記事があった記録が残っています。ただ、その記事はいま開いてもトップページに飛ばされます。
もうひとつは、MoMAデザインストア。商品名は「草間彌生:クラッチバッグ パンプキン イエロー」。こちらは商品ページこそ残っていますが、開くと「ご指定の商品は販売終了か、ただ今お取扱いできない商品です」と表示されます。
2026年10月17日に見た時点で、新品を売っているお店は見つかりませんでした。
在庫がないのか、もう作っていないのか。お二人への質問の答えは、結局はっきりしないままです。
ただ、いま買えないということだけは確かでした。
ちなみに、がま口のほうは、美術館では普通に買えました。
ただ、ネットはまた別です。草間彌生のグッズを扱うラムフロムのオンラインストアを見たら、一覧の1ページ目に並んだ16点のうち、売り切れていないのは雑誌が2冊だけでした。
レジのお二人がバッグをご存じなかったのも、無理はないのでしょう。
欲しいと思ったときには、もう見つからない。
こういうことがあるから、気に入ったものとの付き合い方は難しい。
とはいえ、何でもかんでも買っていたら、家が大変なことになります。
悩ましいところです。
暮らしの中の草間彌生
我が家には、ほかにも草間彌生にまつわるものがあります。
ひとつは、Love Foreverの布。
もうひとつは、化粧台に置いている白黒の箱。
この箱は、現在コットン入れとして使っています。
そして、袋に入ったままのかぼちゃのがま口。
美術館で作品を鑑賞するのも好きですが、こうして日常の中に好きな作家の表現があるのも、なかなかよいものです。
大きな作品を飾ることは難しくても、小さなものなら暮らしに取り入れられる。
壁に絵を飾ることについては、部屋に絵を飾る|わが家の「住める展示」にあります。
箱は箱として使い、布は布として楽しむ。
特別なものを、特別な場所にだけ置いておく必要はないのでしょう。
……と、ここまで書いておいて、がま口だけは袋から出せていないのですが。
[写真:Love Foreverの布]
[写真:化粧台の白黒の箱]
おわりに|かぼちゃは、まだ袋の中
最初の感想は、「ドットのすごい作品だな」。
それから十数年。
展覧会に足を運び、グッズを手に取り、一度手放したものを買い戻すまでになりました。
とはいえ、草間彌生の作品について何か立派なことを語れるわけではありません。
ただ、圧倒される。
そして、好きなものは好き。
それくらいで、よいのだと思います。
さて。
買い戻したかぼちゃのがま口は、今日もまだ袋の中。
そろそろ使おうか。
それとも、もう少し眺めていようか。
とりあえず、袋から出すところから始めたいと思います。
——と、ここまで書いて。
この記事の写真を撮るために、袋から出しました。
買った日から、8日ぶりです。

そして、撮り終わったあと、また袋に戻しました。
始まりませんでした。


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