部屋に絵を飾る|わが家の「住める展示」

住める展示
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もともと絵や美術館が好きです。

高校生の時から美術に興味を持ちはじめ、気になる展覧会へ行くようになりました。

引っ越して部屋が増え、壁も増えたので、せっかくならただの白い壁のままではなく、好きなものを飾りたい。

家具だけでなく、壁にあるものも部屋の景色を作ると思っています。

このブログで掲げている「住める展示」というテーマのスタートでもあります。

絵は実用品ではありません。

でも、毎日目に入ることで、部屋の空気を少し変えてくれます。

部屋に合う絵を探しているわけではない

「この壁には、この色の絵が合いそう」

そんなふうに計画して選ぶことは、ほとんどありません。

わが家にあるものの多くは、実際に展覧会へ行って、その場で気に入ったものです。

複製画だったり、ポストカードだったり、布だったり。

形もいろいろ。

まず展覧会で出会う。

好きになる。

そして、家に連れて帰る。

それを繰り返した結果、今の部屋になりました。

なので、作家も時代も雰囲気もかなりバラバラです。

インテリアとして、完璧に同じ系統で揃っているわけでもありません。

でも、

「自分が好き」

という一点では、ちゃんとまとまっている気がします。

完璧な統一感よりも、自分の好みが少し見える部屋の方が、私は居心地がいいようです。

展覧会の記憶も一緒に飾っている

家に飾っているものを見ると、作品そのものだけでなく、その展覧会へいつ誰と行ったのか?と思い出します。

展示室で実物を見たときの印象も。

ミュージアムショップで何を買うか迷ったことも。

買って、家まで持ち帰ったことも。

家に飾ることで、展覧会がその日だけで終わらない。

美術館で見たものの続きを、自宅でも少し楽しんでいるような感覚があります。

もちろん、高価な原画を所有しているという話ではありません。

好きだった作品を、何かしらの形で暮らしの中に残しておく。

それだけでも十分楽しいものです。

出会い方が少し違う、ルドン

オディロン・ルドンだけは、展覧会で初めて知った作家ではありません。

存在を知ったのは高校生の頃でした。

最初に見たルドンの作品は、悪夢をそのまま絵にしたもの。

かなりおどろおどろしい。

割とホラーです。

ところが、花や色彩の作品を見ると、印象がまるで違いました。

儚げで、柔らかい。

でも、少し影のあるような色づかい。

「これ、本当に同じ人が描いたの?」

と思うくらい振れ幅があります。

別の表情を知って、好きになりました。

今、部屋に飾っているのは、そんな「花のルドン」です。

ずっと好きな作家のひとりです。

いま、部屋にいるものたち

ルドンの花

食卓から見える位置に飾っています。

部屋にあると、なんとなく落ち着きます。

生花も好きですが、毎日きちんと世話をするのはなかなか難しい。

その点、絵の中の花はいつでもそこにいてくれます。

ネットで大きめのサイズを購入し、ご飯を食べたり、くつろいだりする場所から見える位置に飾っています。

ふと目に入るたびに、やっぱり好きだなと思う一枚です。

藤田嗣治

藤田嗣治といえば裸婦像の印象も強いですが、わが家にあるのは別の作品です。

《アンナ・ド・ノアイユの肖像》、1926年の作品です。

細い線で描かれた、薔薇を持って佇む女性の絵。

DIC川村記念美術館で見て、ポストカードを購入しました。

白や余白の多い、藤田らしい静かな雰囲気が気に入っています。

額(100均で買った写真立て)に入れて、普段座っている場所の少し後ろの壁へ。

主張しすぎないけれど、ちゃんと存在しています。

その美術館は、2025年の春に佐倉での運営を終えました。

それでも、この一枚は壁にあります。

ゴッホの花

作業スペースの壁。ふと顔を上げると目に入ります。

ゴッホ展で手に入れたポストカードです。

同じ「花」でも、ルドンとはまた違います。

点描や、様々な色を使っている感じが、いかにもゴッホらしい。

作業スペースの壁に飾っていて、ふと顔を上げると目に入ります。

花って、やっぱりいい。

生花でも絵でも、部屋の中にあると少しうれしくなります。

草間彌生《Love Forever》の青い布

こちらは絵ではなく、布です。

額に入れるのもありだと思いますが、今のところは画鋲でそのまま壁に留めています。

(ちょうどいい額を探すのが面倒なだけだったりも、笑)

布なので、額装された絵とはまた違う存在感があります。

「アートは、必ずしも額の中に入っていなくてもいい」

と思わせてくれるもの。

ただし、何でも飾って雑貨屋さんのようになるのは避けたい。

草間彌生さんの作品は、私にとって「落ち着く」というより、元気をもらう感じ。

わが家では、この布も立派な展示物です。

飾る場所は、かなり感覚的

飾る前に、完璧な配置図を作ることはありません。

実際に壁に当ててみる。

少し離れて見る。

家具との距離を見る。

「ここがいい気がする」

で決めることが多いです。

一度飾ってから、あとで場所を変えることもあります。

部屋そのものが少しずつ変化するので、絵の位置だって固定でなくていい。

そのくらいの気軽さで楽しんでいます。

まっすぐ飾るのは苦手。

絵がひとつあるだけで、壁が「景色」になる

家具を全部買い替えなくても、壁にひとつ何かを飾るだけで、部屋の印象はかなり変わります。

真っ白だった壁に色が入る。

視線が止まる場所ができる。

何もない壁も好きですが、すべてが何もないと、私には少し寂しい。

日用品ばかりの空間に、

「ただ眺めるためだけのもの」

があるのが好きです。

実用性はありません。

でも、見たときの気分にはちゃんと作用します。

「やっぱりこれ好きだな」

と毎日の中で思えるなら、それだけで置いておく理由としては十分です。

同じ気持ちで選んだものは、壁のほかにもあります。

寝室の星のカーテンと、白い陶器のペンダントライト

どちらも実用品ですが、私にとっては展示物でもあります。

「住める展示」は完成しない

今飾っているものが、最終形というわけではありません。

むしろ、まだ足りない。

お手洗いにも何か飾りたい。

また展覧会へ行けば、新しく何かを連れて帰るかもしれません。

一度しまうものもあるかもしれないし、場所を変えることもある。

美術館だって、展示替えをします。

なら、家だって展示替えしていい。

「完成したインテリア」をずっと維持するより、そのとき好きなものを飾りながら暮らす方が、私には合っています。

そして今後、少し変なものが追加される可能性もあります。

現在、

「おしっこちょっぴりもれたろう」

を正式に展示へ加えるか思案中です。

すでにキーホルダーとしては仲間入り済み。

住める展示、今後どうなることやら。

では、また別の展示で。

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