渋皮煮を返したら、渋皮煮が来た。|同じ木の栗、二つの台所

余話
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毎年、栗をくださる人がいます。

買った栗ではありません。

その人の家にある栗の木から採れたものが、スーパーの袋でこんもりいっぱい、我が家にやってきます。だいたい大きめのボウルが埋まるくらい。

そして前の記事でも書いたように、いただいた栗を渋皮煮にして、少しお返しするのも毎年の恒例です。

今年も、

「渋皮煮になって帰ってきたよー」

と、お裾分けしました。

栗をくださった人から、そのお母様へ。

すると、

「これ、ほんとにうちの栗なの?」

と言われたそうです。

自分でも今年は煮崩れが少なく、きれいにできたと思っていたので、ちょっとうれしい。

栗、無事に変身して帰還。

「うちのもどう?」

そして、渋皮煮を渡したところで予想外の一言。

「うちのもどう?」

聞けば、その方のお母様も毎年、渋皮煮を作っているらしい。

後日、お母様作の渋皮煮をいただきました。

100円ショップの蓋つき容器に入っていて、煮汁には浸かっていません。

これは早めにいただこう。

いただいた渋皮煮
いただいた渋皮煮。

こちらが渋皮煮を返したら、別の渋皮煮が帰ってきました。

なんだ、この栗の往復便。

同じ木の栗、二つの渋皮煮

食べて最初に驚いたのは、味よりも柔らかさでした。

とにかく柔らかい。

舌でほろっとつぶせるくらいです。

私の渋皮煮は、もっとしっかりしている。

……と思っていたのですが、食べ返してみると、私のものにも柔らかい栗はありました。

どうやら個体差もあるようです。

とはいえ全体としては、私のほうが「噛む栗」。

いただいたものは「舌でほろっと崩れる栗」。

元は、同じ木になっていた栗です。

作る人と作り方が違うだけで、ここまで食感が変わるのがおもしろい。

「素材の味」と聞いていた

栗の人からは、

「素材の味」

と聞いていました。

なので、てっきり甘さ控えめなのかと思っていました。

ところが食べてみると、しっかり甘い。

どうやら「素材の味」の基準は、人によって違うらしい。

私は今年、砂糖の量にびびらず、ちゃんとザラメを入れたつもりでした。

前の記事でも、

素材の味を生かした、と言えば聞こえはいい。
だいたい素材の味に近くなる。

などと書いていたくらいです。

今年こそは、そこから少し脱したつもりでした。

それでも比べてみると、やっぱり違う。

同じ栗なのに、甘さも食感も違う。

どちらが上という話ではなく、

「へえ、こんなに変わるんだ」

という発見でした。

柔らかいのに、崩れていない

並べて見ると、いただいた渋皮煮のほうが少し色が濃いようにも見えます。

私のほうが少し薄い。

……ような気もする。

このあたりは、断定するほどではありません。

いただいたものには、渋皮が少し破れている栗もありました。

でも、実そのものは崩れていない。

あれだけ柔らかいのに、ちゃんと栗の形をしています。

柔らかい=煮崩れる、ではないらしい。

そして、よく考えれば。

あれだけ煮込まれているのだから、そりゃ柔らかいか。

ここは来年、試してみたいところです。

来年は、その間を狙いたい

自分の渋皮煮も好きです。

しっかり栗の食感が残っている。

今回いただいた、舌でつぶれるほど柔らかい渋皮煮もおもしろかった。

どちらかに寄せたいというより、

その中間くらいがいい。

来年は、今年よりもう少し柔らかく。

でも、栗を噛んでいる感じも少し残す。

そのあたりを狙ってみたいと思います。

5年ほど作って、

「だいぶ上手くなったな」

と思った直後に、まだ調整できるところが見つかりました。

毎年、同じ栗を煮ているのに、まだ終わらない。

こうして来年の渋皮煮は、栗をもらう前から少し始まっています。

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